(3)
少年がこの家に迷い込んで一ヶ月が経った。

一ヶ月経ってわかったことは、老人の仕事は“木こり”だということ。
窓から外を眺めていると、馬に丸太を引かせた老人が山から下りてくる。
集められた丸太は斧で割られて、薪になった。

毎日が地道な作業の繰り返し。
一本置いては割り、一本置いては割る。やはり、かなり不自由しているのだろう。

少年は、こんな老人を置き去りにした息子に憤りを覚えた。
何かが間違っている。
国のためだか知らないが、その前に自分の親だ。家業を継ぐこともなく、
学校まで通わせてもらい、仕舞には老人をこんな山奥に残して、戦争に行ってしまった。
生きているかどうかもわからない。

誰からも愛されることなく生まれた自分と、父親にこんなに愛され生まれ育ったユーシス。

「何のために生まれてきたんだよ、ユーシス! アンタは優しい両親の許、望まれ、愛され、
幸せに育てられたんじゃないのか? 親を泣かせてどうする? 
国を守ってどうするんだ?目の前にある幸せに気づけよ。ユーシス……、
オレはアンタが憎い。オレはサイテーだ。オレは……」

少年の胸に、自分が経験した数々の悲惨な思い出が駆け巡った。

「オレは何のために生まれてきたんだ? 親は何故、オレを生んだんだ? 
捨てるくらいならいっそ殺してくれれば良かったんだ。サイテーだ。
オレもオレの親もサイテーだ」

少年はそのままベッドに体を投げると、枕に顔を埋めて嗚咽した。
窓の外では薪をワラで一束にくくり、それを馬車の荷台へ積んでいる。
老人は少年に一声かけると、そのまま町へ下りてゆき、そして夜には沢山の干し草と
食料を載せて、馬車は山の家に戻ってきた。


数日後――。

「父さん、僕に貸してみてよ」

少年は老人がら斧を受け取ると、小気味よく薪を割った。
カーンと、気持ちがいい音がこだまする。
もう、何日も前から言おうと思っていた言葉が、やっと出たのだ。
本当は気恥ずかしさで一杯だったが、それでも、老人の力になりたかった。

「父さんは休んでいていいよ。そうだ、美味しいスープを作ってよ。それまでに僕が片づけて
おくからさ」
戸惑いながらも、少年の口からは優しい言葉が生まれてくる。
老人は息子の言葉に、心底喜んだ。
「ユーシス、何てことだ! こんなに嬉しいことははじめてだ! お前と薪を割るのが、私の
長年の夢だった。おお、ユーシス。これからもずっと私の側にいておくれ」

少年は幸せが目の前にあることに、はじめて気がついた。
手を伸ばせばそこにあったのに、今までどんなに遠回りをしてきてことか。
“愛すれば”いいのだ。誰かを愛すること。
「父さん、僕はこれからもずーっと父さんの側にいるよ。父さんと一緒に立派な木こりに
なるんだ」
少年は老人の目に、光るものを見た。
老人は幸せだった。そして少年も幸せだった。


そんなある日――。

「じいさん、喜べや。お前の息子から手紙がきたぞ」

老人と少年が住む家に、一通の手紙を持った男が突如現れた。
ドアを開けるや否や、テーブルに座った少年と目が合う。
「誰だ、お前さんは?」
しかし瞬時に顔色が変わった。
「お、お前はヨハンの女房を殺したガキだなっ! まさか、じいさんまで!?」

「ユーシス、誰か来たのか? ユーシス?」

ちょうど部屋へ戻っていた老人は気づいていない。
少年は慌てて男の口を塞ごうとした。これ以上話されてはいけない。
老人に、息子が殺人犯だと知られてはいけないのだ。
いきなり立ち向かってきた少年に、男は恐怖を覚えた。
殺される……。咄嗟に思った男は大声を上げた。
「うわーっ、助けてくれ!」
「お願いだから黙って。お願いだ」
口を押さえようとする少年に、男は更に怯えた。殺人犯を前に、男は必死の抵抗だ。
以前の少年だったら軽く弾き飛ばせる勢いだったが、薪割りで鍛えた体は、逆に男の腕を
封じこめ、そのまま外へと押し出した。
「やめろ! 助けて、助けてくれーっ!」
「黙って。静かに、静かにして……」少年はうわ言のように繰り返した。

……気がつくと、押し倒した男にまたがって、男の顔に自分のシャツをかぶせている。
少年は自分の掌を見つめた――。震える指に、少年は声も出ない。
その手で男が持っていた手紙を一気に読むと、少年の目からは大粒の涙が零れた――。

馬車で男を運び、川へ捨て、何事もなかったように家に戻る。

「ユーシス! 一体どこへ行っていたんだ。おお、ユーシス、どこへも行かないでおくれ。
私の目の届かない所へ消えないでおくれ」
老人は弱々しい腕で少年を抱き寄せた。
もし、今少年がいなくなったら、この老人は生きてはいけないであろう。

「父さん、僕はどこへも行かないよ。だから安心して」
少年は思いっきり老人を抱き寄せた。涙が止まらない。
この幸せをいつまでも失いたくなかった。そして少年は、自らの運命に泣いた。

――父さん、やっと任期が終わりました。ダバトとムーラ間では、間もなく和解同盟が
   結ばれるでしょう。これでようやく終戦です。2〜3日中に帰ります。ユーシス――

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