| (3) 数日後、事態は急変しました。 夜中にお医者様が来て、春ちゃんを連れて行ってしまったのです。 キイちゃんは空っぽのベッドを見て泣きました。 ママも一緒らしく、しばらくお家の人を見ていません。 暗幕も忘れられたキイちゃんは、こらえきれず夢バクを呼びました。 「また、君か」 いつものように現れましたが、少し不機嫌そうです。 「いいかい、これ以上、人の夢に入るのは危険なんだ。 夢見ている本人が先に目覚めてもダメ。戻れなくなる。 ましてや命が消えかけているならなおさらだ。 一緒に連れて行かれてしまうよ」 「命が消えかけているってどうゆうこと?」 夢バクは、いつになく真剣な顔で言いました。 「あの子は長くないよ。僕には夢が見えるからね。 大きな湖の辺(ほとり)にいるんだ。 岸には小舟があるから、それに乗ったら終わりだ」 それを聞いたキイちゃんは、驚きを隠せません。 でも、意を決したように、 「バクさん、春ちゃんの夢に行かせてよ。 春ちゃんはまだそこにいるんでしょう。だったら僕が行って連れ戻してくる」 「冗談じゃない」夢バクは首を振ります。 「夢を食べられた君がだよ。さらにその半分しか夢が見られない。 そんなわずかな時間に何ができる? 命の保証はできないよ」 でも、キイちゃんも引き下がりません。 春ちゃんのいない世界で生きていくことなど想像できないのです。 ついには夢バクも折れて、春ちゃんに会わせる事を承諾しました。 「でも、これだけは約束だよ。 時間がないから僕が魔法をかけてあげる。 君は何があっても自分の名前を明かしちゃダメだ。 夢が歪むからね。女の子が目覚める前、 もしくは船で旅立つ前に必ず君が先に目覚めるんだ。 呪文を教えてあげるから、けして忘れないで。 夢眠(ユメミン)、夢眠(ユメミン)、おはよう、キイちゃんだよ」 そう告げると、キイちゃんの目蓋(まぶた)は急に重くなるのでした。 *** 湖畔はまるで時が止まったように静かです。 小さな少年がひとり、光る水面に目を細めました。 岸の小舟には白いパジャマの少女が乗っています。 少年は駆け寄ると、小舟のロープを握りました。 不思議そうに少女が顔を上げます。 「あなたは誰?」 少年はしばし考えたあと、「キイチ」と答えました。 「君、僕と一緒に遊ばない?」 「でも私、もうこの岸辺には飽きたの。ずいぶん長くいたから充分。 今度は湖の向こうへ行ってみようかと思って」 少年は、今度は少女の手をしっかりと握りました。 「それは今までひとりだったからだよ。今日からは僕がいる。 僕といれば寂しくないし、歌だってうたえる」 少年が力強く微笑むと、少女は静かに頷きました。 が、突然舟が岸から離れ、少女は見る見る遠ざかってしまいます。 少年はとっさに、夢バクに教わった呪文を叫びました。 「夢眠(ユメミン)、夢眠(ユメミン)、おはよう、春ちゃん!」 小船が白い閃光(せんこう)に包まれ、 そのまま少女の姿だけ掻き消されてしまいました。 *** よく晴れた空の下。 女の子が元気よく家の玄関を開けました。 「ただいま!」 真っ先に部屋へ入ると、小鳥の籠に駆け寄ります。 しかしどうした訳か、小鳥は籠の床に横たわり、動きません。 女の子は慌てて小鳥を手の中に包みました。 「キイちゃん、起きてキイちゃん」 女の子は小鳥の小さな頭に頬を寄せました。 涙がつたい、小鳥のクチバシを濡らします。 「無茶をしちゃって。 僕がいなかったら君は一生夢の中さ。 かわりに、君の夢を全部食べちゃったけど、いいよね」 暗闇の中、眠ったように浮かんでいる小鳥に夢バクは呟きました。 「目が覚めたらすべてを忘れてしまうけど、 幸せな正夢が君を待っているよ」 そして呪文を唱えます。 ――夢眠(ユメイン)、夢眠(ユメミン)、おはよう、キイちゃん。 おわり |
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