| (2) あの日以来、父は入退院を繰り返した。 退院してきては酒を飲んで暴れ、また入院するのだ。 僕はバイトのない日は部活に励み、気を紛らわせた。努めて考えないようにする事 が、毎日を生き抜く秘訣だった。 それからも絶望的な日々は続いたが、10年目のある日、突然父が亡くなった。 僕と母は、ようやく訪れた平穏に最初のうちは戸惑いもしたが、徐々に慣れていった。 そして更に月日は流れ、自分も老人と呼ばれる歳になっていた。素敵な女性と出逢い 結婚もしたが、母も妻も、とうに他界した。子供はなく、妻との日々は山あり谷ありだ ったが、振り返れば幸せな人生だった。 私はふと思い立って、あの映画館を探してみた。 過去に何度が行ってみたが、あれ以来見つからなかった映画館だ。 裏通りを歩くと、奇跡的にも映画館はそこにあった。 真新しいビルとビルとの隙間の奥だ。 草の生い茂る空き地の隅に、ひっそりと映画館は建っていた。 〔本日の上映―ベルリン・天使の詩―〕と書いてある。 私は窓口でチケットを買うと、映画を見た。 セピア色の映像が静かに続く――。 背広を来た紳士が、時計台の上に腰かけ、街を見下ろす。彼らは天使だった。 地上の人々を励ますのが彼らの仕事だ。やがて人間に恋した一人の天使が、天使 を捨てて、地上へ降りてくる……。 私はいつかの老人を思い出していた。 彼と同じ歳になってはじめて解かったのだ。生きていて良かったと。 泣きたい事もあった。辛くて死にたいこともあった。 だがそれ以上に、喜びや笑いがある。 それが人生――。死んでいたら、私は私以外の世界を何も知ることがなかった。 溢れる涙は、悲しくてじゃない。 自分の人生に、そしてあの老人に感謝してだ。 涙を拭っていたら、いつの間にか最後の客になっていた。慌てて出口へ向かう。 そこで私を待っていたものは――、 「ま、まさか……!」 ――そう、まさにあの老人が満面の笑みで立っていたのだ。 「坊や、また逢えたね」 「そんなはずない……。あれから何十年も経っているんだ!」 驚く私に、老人はにっこりと頷いた。 「ワシも最近、こっち(地上)に降りて来たんだよ」 老人の言葉に、たった今見た映画のシーンが甦る……。 「ところで坊や、生きてきて良かったかい?」 END Copyright(C) Mizuki coco All Rights Reserved (1) (2) 物語へ |