(3)

そして5月――

明日から連休に入る。
僕は夕方ではなく、日中、カオルに逢おうと云った。

「たまにはどこかへ出かけないか?
 明日からは休みだし、何も夕方から逢うこともないだろう、」
しかしカオルは静かに微笑んだだけで、返事がない。
「結局学校へは来なかったじゃないか。なんでだよ。連休が明けたら絶対来いよ。
 カオルのお陰でせっかくみんなと仲良くなれたんだ。
 カオルがいたら、もっと楽しいのに。」
「……、」
「え、なんだって?」
カオルの声が聴こえにくい。
心なしか顔色も、いつにも増して白い気がした。

「解かったよ。学校へは行くよ。」
カオルはまっすぐ僕を見つめると、本当に優しく微笑んだ。
僕はその笑顔に吸い込まれそうになる。
同時に、元気がないことにも気がついた。

「学校行くの、イヤだった?」
僕の無理強いのせいかもしれない。
不安になって訊ねてみると、
「イヤじゃないよ。そろそろ行こうとは思ってたんだ。ずいぶんサボっちゃったしね。」
「ホントに?」
「うん、早く学校でキミに逢いたい。」
「良かった――、」
僕は嬉しくてカオルの肩に寄りかかった。
彼の肩はとても華奢で、僕は思わず体制を直した。
オカリナのように、もし手荒に扱えば、彼の体は簡単に壊れてしまいそうに
思えたからだ。

「ねぇ、帰る前にもう一度聴かせてよ。キミのオカリナを。」
僕は彼の要望に応えて、今日もオカリナを何度も奏でた。
すっかり温くなった風が、僕らの横を通り過ぎてゆく。
穏やかに流れる時間の中で、僕たちの明日は輝いていた。

3日間続く連休の初日、
僕は昼食もそこそこに土手に来てカオルを待った。
別れ際に彼と約束したのだ。
“明日は二人で遊びに行こう”と。
だが、彼は来ない。
夕方になれば現れるかと思ったが、
結局カオルは姿を見せなかった。

連日のように逢いつづけていた僕は、彼のことが気になって仕方ない。
僕が学校へ行こうと云ったのがいけなかったのか。
それとも、昼間逢おうと云ったのがイヤだったのか。
頭の中をぐるぐると後悔が渦巻く。
気を取り直して、翌日来てみたが、カオルはその日も、その次の日も来なかった。

カオルに逢えないままの3日間が過ぎ、
僕は悶々とした気持ちのまま、登校した。

だが、そこで僕を待っていたのは、信じられない結末だった――。
粛々とした空気の中、教壇に立つ教師が云う。

「みなさんもご存知のとおり、連休に入る前日、矢口カオル君が亡くなりました。」

僕は空耳かと思い、しばらく反応できないでいた。

「矢口君は小さい頃から心臓が悪く、入退院のくり返しでした。2月に受けた手術は
 成功したと訊いてましたが、4月に入って急変し、ここ2週間は昏睡状態が続き、
 とうとう力尽きてしまいました。
 君たちと同じように外で走ることも、遊ぶことも出来なかった彼は、どんなに
 辛い想いをしたことでしょうか。
 長い闘病生活の中で、矢口君は学校のことを忘れたことがなかったそうです。
 みなさんの名前をあげては、学校へ行きたいと毎日云っていたのです。
 みなさんも矢口君のことを、けして忘れないで下さい。
 彼のために、黙祷を捧げます。」

口をはさむ余地のない状況に、僕は戸惑った。
矢口って……。矢口カオルって……。
黙祷が終わったとき、僕は恐る恐る教師に声をかけてみた。

「先生、矢口カオル君って……、」
「ああ、君は知らなかったね。始業式の日に一度来たきりだったんで、
 君には知らせなかったんだよ。
 ところで、昨夜の葬儀にみんな出席してくれてありがとう。
 お母さんが、大変感謝していらしたぞ。」

僕は独り、ブラック・ホールに落ちてゆく……。
先生の声も、教室のざわめきも、だんだん遠くなっていった。
ただ、鮮明にカオルの顔と声だけが浮かぶ。

――もう一度聴かせてよ。キミのオカリナを――


土手の上に座って、僕はオカリナを吹く。
結局、岡村でさえも曲名は解からなかったけど、僕はこの曲をけして忘れることは
ないだろう。
少し汗ばんだ肌に冬服は似合わない。
もうすぐ眩しい夏がやって来る。
僕の奏でたメロディは、草を渡って時を越えてゆく。
だが、もう二度と、僕の前にオカリナ少年が現れることはなかった

                    〈END〉

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