(2)

授業を終えた僕は、約束どおり土手に来ていた。
彼から預かったままのオカリナをカバンから取り出すと、早速吹いてみる。
すると、音につられるよう矢口カオルが顔を出した。
今日、学校で調べたら、確かに彼は在籍している。
しかし友達のいない僕は、彼のことを誰にも尋ねることが出来なかった。

「良かった、来てくれて。」
カオルは親しげに微笑むと、昨日同様、僕の隣にしゃがみ込んだ。
不思議と新緑の匂いがする。
「当たり前だよ、約束なんだから。それにオカリナも借りたままだ。」
「そのオカリナはあげるよ。どうせ僕は吹けないから。上原君が使ってよ。」
「でも、高いんだろ。これ、」
「いいって。その代わり、毎日ここで吹いてくれる? ずっとじゃなくていいんだ。
 しばらくの間だけだよ。」
クラスで孤立している僕にとっては、それは有り難い申し出だった。
彼といるとホッとする。
一日誰とも話さない僕にとって、張り詰めた空気を開放できる唯一の相手だった。
カオルが学校へ来たときには、さぞかしみんなは驚くだろう。
破天荒であり、クラスの話題を独り占めしそうな彼の性格と風貌が、
僕に優越感を持たせた。

僕は少しずつ胸のうちを話した。
学校がつまらないこと――。クラスに馴染めないこと――。

「僕も学校行くのよそっかな。こうしてのんびり、矢口君と話してる方がよっぽど
 楽しいや。」
僕は後ろへ背中を倒すと、そのまま天を仰いだ。
どこまでも続く青い空は、5月がそこまで来ていることを意味する。
ゆっくりと流れる雲を目で追ったとき、カオルの顔がさえぎった。
「ダメだよ、キミは。今行かなきゃ、これからずーっと戻れなくなるよ。」
「キミだって行ってないじゃないか。」
「僕の不登校は、今始まったことじゃないさ。」
カオルはイタズラっぽく笑うと、自分も草むらに横になった。
不登校という響きが気になる。
しかしどう見たって、彼は孤立するタイプでも、繁華街で遊ぶタイプでもなかった。

「キミの隣の列でさ、前から3番目に岡村って奴がいるだろ。バスケ部で体の大きい
 奴だよ。彼はああ見えても古いレコードのコレクター(収集家)でね。
 キミのその曲のことも知ってるかもしれない。
 今度話してみるといいよ。」
「岡村……。ああ、いるね。でも、話したことないよ、」
「大丈夫。岡村は結構面倒見がいいから。でも、僕のことは内緒にしてね。
 こんなところで油売ってんのがバレたら、後でうるさいから。」

その後僕は、彼の要望に応えて、再びオカリナを吹いた。
何度かくり返してやると、カオルは満足そうに帰っていった。

今日、僕は岡村と話した。
非常に気まずかったが、カオルの言葉を思い出して声をかけてみた。
カオルの云ったとおり、岡村は意外と気さくな奴で、僕がオカリナで吹いたメロディ
を何度か口ずさむと、家に帰ったら調べてみるよと明るく笑った。

笑顔……やっぱり心地がいいものだ。
最初の一歩を越えただけで、僕は岡村と休み時間毎に言葉を交わした。

「それは良かったね。慣れないだろうけど、悪い奴ばっかじゃないよ。
 明日は高田と話すといい。なんたって彼は歴史が得意でね。
 戦国時代の話を訊いたら、きっと止まらなくなるから。」

次の日、僕は高田と話をした。
高田は目を輝かせて、戦国時代の話をしてくれた。
歴史が不得意な僕でも解かるよう、彼の言葉は巧みだった。

カオルに紹介されるまま、いつしか僕はクラスの中へととけていった。
朝、おはようと云う相手がいる。
休み時間に集まる仲間がいる。
授業は相変わらずだったが、友達といるのは楽しかった。
早くカオルとみんなで話したい。
だが彼は、いつまでも学校に来ようとはしなかった。

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