おもちゃのトト

(1)

煌煌と輝く満月の夜、トトは目を醒ました。
小さなネジや色鉛筆、壊れたラジオや積み木の詰まった木箱の中に
トトの身体は半分埋まっていた。
音を立てないように、そっと足を抜き出す。
トトは旧式のロボットのおもちゃだった。

午前3時――静まった部屋の隅にあるベッドには、この家の一人息子である
ネルがすやすや眠っている。
トトは木箱を抜け出すと、ベッドの脇へいってネルの寝顔を覗き込んだ。
「ネルがいい夢を見られますように……。」

ネルは時には乱暴にトトを投げたり汚したりもするけど、それでもトトはネルに
とっての一番の〈お気に入り〉だった。
毎日いろいろなところへ連れてってくれては、外の景色を楽しんだ。ネルは友
だちとキャッチボールをしたり、木に登ったりして遊んでいる。そんな姿をいつで
もトトは、自転車のカゴの中から眺めていた。
ネルが楽しいとトトも楽しい。
トトにとってネルは大切な友だちだった。

夜明けまでの2時間、トトが唯一自由に動ける時間だ。朝になったら再び木箱
の中で、ネルが遊んでくれるのを待つしかない。

ふと見ると、窓の外がいつもより明るいのに気がついた。何かがチラチラ輝いて
いる。窓辺に近づいてカーテンを開けると、さんの上に、飴玉くらいの小さな黄色
い星が載っていた。

「助けて、助けて、」
トトが窓を開けると黄色い星が云う。
「どうしたの、星さん。」
「夜風のイタズラで道を間違えてしまったの。私を森の中の〈星宿りの木〉まで
連れてってくれない?」
トトは考えた。彼は今まで独りで外に出たことがない。
「夜明けまでに帰らないと、私は夜空へ戻ることが出来なくなるわ。朝になったら
消えてしまうの。」

トトは勇気を振り絞って窓の外へ出てみた。
はじめて見る夜の景色は黒い帳(とばり)が降りていて、空を流れるミルキィ・ウエイ
(天の川)が森の奥へと続いている。美しい星たちのパレードだ。

「連れてってあげるよ。あの星にそって行けばいいんだね。」
小さな星を手のひらに載せたまま、トトは街外れにある森へと向かった――


星の導くまま、トトは迷うことなく〈星宿りの木〉へ辿りついた。
トトは目を瞠(みは)る。
動物たちも寝静まった深い森に、突如現れた光の束が〈星宿りの木〉だからだ。
天を貫く巨大な一本のモミの木に、無数の星がとまっている。
まるで鳥が羽根を休めるかのように星が群がっていた。
赤・黄色・青……、美しいイルミネーションがいっせいにトトと黄色い星を出迎える。

「ここでいいわ。ありがとう、トト。」
そう云うと、黄色い星はトトの手のひらからふわりと宙に浮かび上がった。
「どうして僕の名前を知っているの?」
「私たちは何でも知っているわ。だって星だもの。いつもあなたたちを空から見つ
めている。あなたは、おもちゃのトト。旧式のロボットよ。ネルのお気に入りね。
お礼にあなたの願いをひとつ、叶えてあげるわ。」
「僕の願い……?」

――僕の願い……。
トトの胸の中にネルの笑顔が浮かんだ。ネルといると楽しい。ネルが大好きだ。
でも……、でも、本当はいっしょに遊びたい。ネルといっしょにキャッチボールをし
たり、木に登ったりしたいのだ。

「……そう、解かったわ。あなたの願いは人間になることね。いいわ、その願いを
叶えてあげる。」
「ホントに? 本当に人間になれるの?」
トトのペイントで塗られた瞳が輝いた。新型のロボットなら赤く点滅するところだが
生憎トトにはそのような機能はない。
「そのかわり、二度とおもちゃに戻れなくなるけど、それでもいい?」
トトは頷いた。
人間になれる。人間になってネルと遊べる。
そしていっしょに大人になってゆくのだ。

(2)へ


物語へ