不思議な少年

授業がようやく終わった土曜日、僕は普段は通らない裏道を選んだ。
ここは昼間でも薄暗く、もし、ひとりで歩くのなら、ちょっとした勇気が
必要だ。

しかし今日は、そんなことは云っていられない。
ここ一週間、猫のレイの具合が悪いのだ。

レイは美しい銀色の猫で、ひときわ大きな緑の目はいつも僕を魅了
した。だけど我儘な彼は、僕の云うことなんかちっとも聞かず、あの日
久し振りに帰ってきたときは、全身血だらけだったのだ。
きっと気の強いレイのことだから、ケンカでもしたのだろう。
ぼくの顔を見て「にゃ―」と鳴いたきり眠ったままだ。
僕は心配で心配で、家に一番近いこの裏道を夢中で走った。

車も通らないほど細い路地は、道が入り組んでいる。
不規則にあらわれる脇道をいくつか通り過ぎたとき、突如、ぼくの目の
前に見知らぬ少年が踊りでた。

「オイ、待てよ。」

乱暴な云い方だ。
少年のあまりに横柄な態度に、僕は少々困惑した。

「何、僕急いでるんだけど……」
僕がおどおど答えると、少年は意地悪く微笑んだ。

オレも急いでいるんだよ、シュウ。」

一瞬、何がなんだか解からなかった。確かに僕はシュウだ。だが、僕は
彼を知らない。あきらかに厄介な状況に、ああ、こんな道来るんじゃな
かったと、ぼくの胸に後悔がよぎった。
そんな僕を見透かすように、少年は呆れ顔で云う。

「相変わらずだな、シュウは。とにかく時間がないんだ。ホラ、行くぞ。」
「え、行くってどこへ? だいたいキミは誰?」

こうして彼と僕の不思議な時間が始まったのだ。

前方を行く彼は、お気に入りの自分の道を次々と案内してくれる。
僕は自分の街なのに、まるで知らない街を歩いている気分だった。

鉄線を張った壊れたブロック塀、野ばらの抜け道、主人(あるじ)の
いない草だらけの庭……。
彼は実にすばしっこく、軽い身のこなしで進む。

そして気がつけば僕たちは、僕がいつかレイを拾った鉄橋の上に来
ていた。彼はおもむろに手擦りに腰かけると、静かに話し出す。

「オレの両親はね、この川に落ちて死んだんだ。オレはまだ小さかっ
たから訳が解かんなくて。ただ怖くて怖くて泣いていた。
そこへオレと同じくらいの奴が来てさ、今はそいつの家で世話になっ
ている。でも、なんか素直になれなくて……。
そいつさ、すぐ泣くんだよ。オレのことを心配してさ。だからもっと
意地悪しちゃう。
そうすると、すごく愛されてるって気がするんだ。」

彼とははじめて逢ったばかりなのに、僕はなんだか昔からの友だち
のような気がしていた。
灰色のセーターを着た彼の横顔を夕日が照らし、大きな目に水面の
緑が映る。それはとっても綺麗な光景だった。

「そろそろ親のところへ行かなくちゃ。最期になったけどシュウ、お前と
出逢えて幸せだったぜ。サンキュ--!」

そう云うなり、彼はいきなり川へと飛び込んだ。
「レーイッ!」
僕は咄嗟にレイの名を叫んでいた……。

気がつくとそこはぼくの部屋で、レイの看病をしながらいつしか眠って
しまったらしい。
見るとレイは、僕の腕の中で静かに息を引き取っていた。

                        〈END〉

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