満月の夜は何かが起こる、どこかにそんな期待があったのかもし
れない。黄はだ色に輝く月は、その輪郭に白光の輪を放ち、
暗闇とのアンバランスな関係を曖昧に維持している。
手を伸ばせば届きそうで、その実そこには何もない。ぼくの投げだ
された腕は、ただ幻影を掴むだけだ。
ぼくを駆りたてるのは満月そのものじゃない。
その向こう側にある何か、それとも、ぼくが失くしてしまった記憶だ
ろうか。

 繁華街を避けて住宅地へはいる。商店の灯かりこそないが、街灯
と家々に潜む人の気配が暗闇を邪魔している。
ぼくの知っている暗闇とはこんなものじゃない。

 墨色の夜は静けさに満ちていて、静けさのあまり耳の奥がキーン
と痛くなるんだ。ぼくは何故だか怖くなって、耳を塞ぎながら走り出
す。
でもどこまで逃げても満月はぼくの背中を追いかけてきた―――


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以上が「月」の冒頭部分です。

美月ココ






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